最終章 じゃああれか、僕は小次郎か

未曾有のパニックに襲われ、少しでも気を紛らわそうとGBAファミコンミニスーパーマリオブラザーズ』を始めても、最初のクリボーで死ぬ始末。もうグチャグチャです。
待合室の僕の斜め前に、車椅子の女性が居ました。とても苦しそう。診察室から出てきたお医者さんとの会話を聞いていると、どうも『気胸』らしい。気胸はとても苦しいと聞く(経験者談)。しかも肺が潰れたら手術しないと治らないらしい。大変な病気だ。
でも、
若い人なら、よっぽどのことが無ければ気胸で死ぬことはない。
じゃあいいじゃん、死なないなら別にいいじゃん、僕も気胸だったら良かったのに。そう本気で思いました。苦しそうにしている女性が本気で羨ましかったです。その女性には申し訳ないですが。
友人から気胸のレントゲンの特徴も聞いていたので、僕は気胸じゃないだろうなと見当がついていた。じゃああのラムネはなんだ?血管?血管なわけないよ。決まっている肺ガンだ。はい終わり。もうなにもかも終わりだ。夢も未来も空想も。すべて終わりだ。何も残らない。そして絶望、暗転。ラムネの鈍痛だけが残る。

―ついに、地獄のアナウンスが僕の名を告げた。
「○○号室へお入りくださ〜い」
来たか……。
随分と遠い診察室。診察室の前の廊下で待つ人達の訝しげな視線を受けながらその前を通る。ていうか一番奥じゃないか。ああ、きっと重病の人は奥なんだ、取り乱しても良いように。やっぱり大丈夫じゃないじゃないか。
「どーぞ」
「し……失礼します」
診察室には、先述の先生よりも一回りは年齢が上であろう、医師として油の乗った感じの先生が座っていらっしゃった。助教授クラスの偉い先生に違いないと僕は推測する。その先生からは優しげな感じは一切受けなかった。手加減無し、そんな攻撃的な風格だ。オペもバリバリこなす実力派だおそらく。歴史上の人物に例えるなら間違いなく宮本武蔵。ほら、何も言わなくてもすでに説得力がある。つい頷いてしまいそうだ。
なるほど、この先生なら、責任とプレッシャーの伴う『告知』も上手くやり遂げるだろう。弱気で夢見がちな僕に『現実』を突きつけるには非常に的確な人選だ。この先生相手なら僕も我を忘れてパニクることはないだろう。だってパニクればきっと思いっきり殴られる。
後ろのライトボックス(?)には、もちろん僕のレントゲンが貼られている。あの忌まわしいラムネ写真が。何度見ても見間違いではなくそこにあるラムネ。左肺がまた痛んだ。
武蔵先生が唐突に口を開いた。
「で?今日はどうしたの?」
なんですと?そこから手順踏むの?どうしたのじゃないだろ!!お互いに分かってるのにそこから?恋愛というゲーム??いやわからんけどな。
とか思いながら、僕は恐る恐る症状を説明しはじめた。
刻一刻と『告知』は迫っている、僕が喋るのをやめれば次の瞬間には……!そう思うと本当に怖かった。武蔵先生の眼に宿る、鈍い光が怖かった。今にもちびりそう。僕は説明を出来るだけ引き伸ばす。
「それと、最近咳も酷くなってきてですね……最初は風邪かな?とも思ったんですけど……」
とっさに武蔵先生の口が開く……ついに……来る!!僕は歯を食いしばった。
「あ、そう。じゃ、風邪じゃない?
「え……?」
「おそらく風邪でしょう」
僕の胸を聴診器でアレしながら言い捨てる武蔵先生。一瞬、全く予想外、想定外の言葉にまっしろになってしまった僕は、だが、すぐに食い下がった。絶対嘘だと思ったからだ。
「え……、だってずっと痛かったんですよ、咳が出るずっと前から」
「うーん、そうは言われてもねぇ。検査もなんにも異常無いしねえ」
「え!じゃ、じゃあ、あの白いの(ラムネ)は、一体なんだと言うんですかぁ!」
「あれ?あれ血管」
また即答だ。くそ。
「君ねえ……あれで肺ガンとか言ってたら、人間皆肺がんだよ?大体、20代の肺ガンなんて、そうそうあるもんじゃないんだから」
しかし、この段階になって初めて、だんだん先生方が嘘をついているとは思えなくなってきた僕です(遅)。確かにそこまで頑なに嘘ついても何のメリットも効果も無い。だがね、「なんともなかった」ってそんなわけないよ!それを認めてしまったら僕の三ヶ月はなんだったと言うのだ!あの『死』の恐怖に怯えて過ごした三ヶ月は!?確かに肺が痛かった!あのラムネの傷みは!?それなのに!?
「じゃ……じゃあ、肺の痛みは精神的なものだとでも言うんですかっ!?」
「うん、おそらくそれが第一だろうねぇ、だってなんともなってないものねえ。」
「本当に?本当になんともないんですか!?」
僕は、かなりしつこく食い下がった。ような気がする。あんまり覚えてないよ正直。あまりに予想外の展開だったから。でも、それでも頑張って(?)食い下がった。
だが、やはり恐るべしは剣豪。僕は宮本武蔵先生のちょっとキレ気味の次の一言を受けて、何も言えなくなってしまう。
「君さぁ……そんなこと言っても、こっちも専門医だからねえ
はい確かにその通りでございます。返す言葉もございません。この台詞は、「ああ、ほんとにそうだよなあ」と思いました。
「じゃあ、僕はどうすればいいんですか先生?一応、禁煙はしてるんですけど……」
「禁煙いいねえ。禁煙はしたほうが良いと思うよ。喫煙者は、肺がんの確立非喫煙者の20倍だからねえ」←確か20倍だったと思う
「他には……?」
「普通に生活して様子見るくらいだろうねえ」
「それだけですか?」
「うん。はい、終わりです。」
切り上げられた。
僕の勝手な偏見として、病院って、とりあえずなんかかんか薬は必ず出されるようなイメージがあったんだけど、一切出されず。ていうか普通
「また調子悪くなったら来てください」
とか言うでしょ絶対?そういうのも一切無し。切捨て。
武蔵先生は、ん?なんで帰らないの?早く出てけ。みたいな眼で見てる(偏見)。
「あ……ありがとうございました……」
「ほーいお疲れ様ー」
「お大事に」すら無しね。よほど健康体だったようで、別段大事にする必要も無いということか。なんでお前健康なのに来てるの?っていう感じでした(完全に偏見)。診察代も、薬とか出て無いからすごく安かった。