episode6 スニーカー

実はヒデはお洒落だ。まぎれもないシティーボーイだ。だが最近のヒデは、2度の免停に至る交通違反の罰金でお金が無くてなかなかお洒落できないでいた。交通違反というものが非常にお金がかかる事は周知の事実だろう。15キロ未満のスピード違反1点減点につき罰金7000円(250cc)もかかってしまう。だが違反した奴が悪いのだから何も言えない。ごめんなさい。
そんなこんなでヒデは、そのお洒落欲求を極限まで我慢していたのだが、ついにある日、限界が来たらしい。
「明日、上野に新しいスニーカー買いに行くわ。予算は15000円」
ヒデはそう宣言した。こいつ、本気の目(一重)だ。お洒落に本気だ。お洒落プロだ。こんなにお金が無い状況でスニーカーに15000円も払うなんて!!僕は震撼した。ていうか真相は、この寒い冬にも関わらずヒデのスニーカーは極限まで履きつぶされて穴だらけでマジお洒落の限界というよりは人間の限界だから。
だが、だが、その予算が15000円というのはまぎれもないヒデのお洒落魂のなせる業だ。お洒落はどうせ買うなら多少値段が張っても「良い物」を買う。それはお洒落の『誇り』とも言えるべきものだ。ヒデは例え飢えて命を失おうが、お洒落の『誇り』まで失うつもりは無い!それがヒデの『覚悟』だ。そして僕も奴の『誇り』を、奴の『覚悟』を、邪魔することだけは出来なかった。
「おう!お前の新しいスニーカー、楽しみにしてるぜ!」
僕はヒデと固く握手を交わし別れた。次の日の夜の再会を誓って。
僕に出来ることはヒデの買い物が成功を収めるよう、神に祈ることだけだ。
「早くヒデに、新しいスニーカーを自慢されたい」
僕の心の中はそんな想いで一杯だった。

―その夜、僕は夢を見た。深い深い青木ヶ原樹海で白骨化した死体を見つける夢だ。風雨にさらされボロボロになったその死体。だが、その足にはしっかりと、キラキラと輝きを放つお洒落なスニーカーが履かれていて―

「ヒデっ!!」
僕はベットから飛び起きた。もう、時間は昼の2時だ。どうやら寝すぎて変な夢を見てしまったようだ。……だが、今の夢は?……もしかしてあいつ、お洒落のために本当に全てを犠牲にするつもりじゃあ!?
「♪ジャージャージャージャージャン♪ジャージャージャー……♪」
突如鳴り響く携帯の着信音(少年よ)。ヒデからだ。僕はひとまず安堵した。どうやら無事に買い物に行ったらしい。だが、こんな時間に電話かけてくるとはヒデにしては珍しいな。はは〜ん、さてはあいつ、新しいスニーカー自慢を夜まで待ちきれずに、報告の電話してきやがったな〜?しょうがねえお洒落ボーイだぜ全く!
僕は電話をとった。
「おいっす!ハハ、分かってるよ自慢だろ?はいはい。で、どんなの買ったの??今、上野?」
「いや、まだ環七」
「おー、今からかー。なんだよ早く買ってくればいいのに。で、何の電話?どんなの買うかっていう相談か〜?いまさらだな、おい〜ハハハ」
「いや、もう、あれだわ」
「え?なんだって?聞こえない」
「もう、買ったわ」
「え?」
「白バイのお兄さんから買ったわ」
「……」
「スピード違反の切符、買ったわ」
「……マジで?」
「20キロオーバーで15000円」
「……」
「ちなみにこれでまた免停」
「……」
「……3回目」
「……」
「……」
「……は……発泡酒奢るよ……げ、元気出せ」
「……」

その夜、ヒデはドンキホーテで買った、新しい、1000円のスニーカーを履いて遊びに来た。不思議とそのスニーカーは、もっと値の張る良いスニーカーに見えた。やっぱりそれはヒデがお洒落だからなのだと思う。