純喫茶scusi いつものように言いまつがい

空想事務所の階下には古き良き純喫茶『スクージ』がある。意味はイタリア語で
「すいません」
だ。
客は皆常連ばかり*1。今日も変わらぬ場末の雰囲気。週末とゆうか終末?
店内に、客の姿は非常に少ない。なぜなら『スクージ』の常連層であるおじいちゃんおばあちゃんは『自然の摂理*2』でどんどん死んでいくからだ。馴染みの顔は結構頻繁にひとり、またひとりと姿を消していく。それもまたいつもの午後だ。
こんな午後が30年前から続いているだなんて、僕はにわかには信じられない。一体、どこのだれが新たなこの店の常連(新たなおじいちゃんやおばあちゃん)を生み出していると言うんだ?
殺風景な店内で、いつものようにこの店の店長は暇を持て余し、ウェイターと世間話に興じている。大酒呑みの店長の話題は決まっていつも、酒と女*3だ。
「うちの娘がよ〜、ビールとか全然飲まねえのな。いっつも『シュワッチ』だか言う梅酒みたいなのをよ〜」
おそらく『ウメッシュ』のことを彼は言っている。
やたらでっかいドアベル*4がいつものようにガランと音を立て、馴染みのじじいがやってきた。つまりまだ生きていた。素晴らしいことだ。
じじいがいつもの席につく。注文も毎回同じ*5だ。
「レモンティー、ミルクで」
もちろん最初の「レモン」は聞き流すことにしている。接客業のちょっとしたコツだ*6
そして、この場末の純喫茶のウェイターとしてこき使われているのが、『スクージ』で一番の新顔*7の僕だ。
僕はつい先日から、あまりの生活苦により、空想事務所の事務の合間に、ここでのアルバイトを余儀なくされたのだった。
サロンを巻き、蝶ネクタイをつけた僕は、自身のウェイター暦に見合わない、非常に慣れた接客態度と身のこなし*8で、いただいたオーダーをカウンターの店長のところまで持っていき、ハッキリと声に出してオーダーを通す。
「先生!ミスクティーひとつ入りましたー!」


こうして純喫茶『スクージ』の午後はいつものように過ぎてゆく。

*1:それが正しい純喫茶の姿というものだろう。

*2:つまり『時の流れ』もしくは『オレオレ詐欺

*3:それか魚

*4:ガッツンガッツン巨体を振り回すものだからドアは傷だらけ、おまけに客の頭部も狙っている節がある。おそらくこの店のドアはヒルズの回転ドアなんかよりよっぽど凶器だろう。

*5:なぜ大人になると毎回同じ注文をするのか僕には理解できない。つまらなくないのだろうか?

*6:毎回出される完璧なるミルクティに、彼は文句をひとつも言わない。

*7:もちろん客も合わせて一番の新顔だ。

*8:何事も形から入るのがマイスタイル。「あのウェイターはどこかの有名純喫茶からヘッドハンティングされてきたのよ」と常連に噂されるくらい朝飯前のはずだ。いや、きっとそのうち噂されると思う。